「特攻の町・知覧」佐藤 早苗(著)
知れば知るほど、こうするしかなかったのかと
悔しさがこみ上げてきます・・・。
この本で知った事。
・飛行機で飛び立った後、作戦が成功したのか
どうやって調べていたのだろうと思っていたら
(勝手に、後からアメリカ軍の通信を盗み聞きしてるのかと思ってました)
モースル信号で、最期の最期まで状況を伝えていた。
その精神力に驚愕します・・・。
・鳥濱トメさんの娘、礼子さんは「なでしこ隊」として
特攻に出る方々のお世話係をしており、お世話していた方、知り合いの方が
出発される時には、明け方、飛行場で見送り
その足で通信室まで歩き(約2時間)、飛び立っていった方々の消息を確認していたこと。
途中からは、モールス信号を教えてもらっていたので、
自ら聞き取り、最期を確認していた。
・不時着・飛行機の故障などで、生き残った人たちは
再び出撃する場合もあったけれど、
監禁され上官からの罵倒を浴びて、屈辱の日々を送っていた。
終戦後、家に戻ると、すでに葬式は済み、戸籍もなくなっていた方も・・・。
・特攻隊として戦死した方々の大半は、少年飛行兵と学生で招集された人ばかり。
職業軍人は一握りだった。
・パイロットの訓練は厳しく、練習中に死亡する例も多々あったよう。
お久しぶりです。知覧のことは、現在「この方々のお陰で今の平和がある」という宣伝に利用されている風潮があります。そんなことはありません。特攻隊は、全く相手に危害を与えていなかったからです。つまり悪くいえば、犬死にだったのです。戦争末期に国民の気持ちを盛り上げるために利用されたのだと思います。特攻隊で命を落とされた多くの方々は、本当の犠牲者だと思います。ですから特攻隊関係の書物を読む時や、特攻記念館がは、意識を持って観覧しないと全く違う世界に引きずり込まれそうです。今の改憲つまり九条改正というか改悪に利用される可能性があるからです。辛口コメントすんません。🐱
投稿: 福島直子 | 2017年10月27日 (金) 20:08
直子さん、お久しぶりです
私は特攻隊の事を全然知らなかったんです。
ブログに書きましたが、深入りするつもりもありませんでしたが
胃痙攣を経験してから、特攻で亡くなった個人を知りたくなりました。
元々、凝り性なので古本をまとめて5冊購入したんですよ
特攻の本ばかり読んでると、たぶん右翼とか思われるんだろうな~と
思っていますが、私は右翼も左翼もよく分かりません
本を読めば読むほど、戦争の虚しさを感じています。
当時、飛行機も貴重なものだったろうし、
亡くなっていった方々もパイロットになれるくらいなので
優秀な人材だったはずなのに、なぜ何千人も犠牲にしてしまったのか・・・と
思います。
辛い歴史ですね・・・。
投稿: ねこみち | 2017年10月28日 (土) 00:14