ネットでちょこちょこ見ていたのですが
描き下しが見てみたくて購入しました。
ふくまるちゃん、かわいいな~
こちらのページで読めますよ
https://sekach.com/ojizamatoneko-sakuraiumi/
写真が多様されており、
1項目が短いので、とても読みやすくて良かったです。
大東亜戦争は、コミンテルンのスパイが
日本・アメリカに入っていて、
戦争に引っ張られていってしまった事、
陸軍と海軍の連携がとれていなかった事や、
軍人の中に、アメリカのスパイらしき人がいたり
残念な話がかなりあります。
が、日本の軍人さん達は、国際法を守り、日本のため、アジアのために戦いました。
日本はアジア諸国を侵略した、と言われているようですが
日本はアジアの国々と戦争をしたわけではありません。
アジアの国々を植民地にしていた白人と戦ったんです。
日本がアジアの国々を統治していたのは事実ですが、
日本は統治していた国にインフラを整備し。学校・病院を作り
しかも軍事訓練を行っていました。
アジアの国々の指導者は、かなりの人数が
日本に留学しています。
そして大東亜戦争後、アジアの国々はすべて独立しました。
朝鮮統治時代の事も詳しく掲載されています。
たくさんあるので一部を紹介。
・創氏改名は強制ではなかった
(日本名の方が何かと有利だったので、自ら名乗っていた。)
・ハングルの普及
(朝鮮の知識層によって、さげすまされ、ほとんど用いられていなかった。
理由は、庶民が文字が読めるようになると、知識層の優位性が失われてしまうから。)
・衛生問題を改善
(入浴の習慣がない、トイレがない、近代的な医療機関がないという状態で
1910年の平均寿命は25歳。1944年には45歳とかなり伸びている。)
チャンドラ・ボースという名をご存知でしょうか?
インドの英雄です。
実はガンジーよりも。
それを知らない、という事であれば
本当の事を知らされていないという事です。
『反日日本人』
一時期、卒業式などで国歌を歌わない先生が居るとか
話題になっていましたが、そういう先生って結構いるんですね。
何でそこまでなのか、当時はよく分かりませんでしたが
こういう事だったのですね。
幸い、私は学校で反日の先生にはあたらなかったし
そもそも授業中にノートに落書きばかりしてたので
そういう先生が居ても、覚えてないのかもしれません
反日と言えば、朝日新聞。
そしてテレビもほぼ。
今はネットで情報を得られるのでありがたいですね。
日本人が日本人を貶める。
何をやりたいんだろう・・・と思ってしまいます。
『ここがヘンだよ「反日」韓国』
従軍慰安婦問題の事をちゃんと知るまでは、
韓国人は「同じアジア人」と思っていましたが、
従軍慰安婦問題が被害者ビジネスである事(情報戦でもある)、
在日朝鮮・韓国人の特権の事、
生活保護受給の異常な多さ、
強制連行で仕方なく日本に住んでいると主張するも
実は245人を除いて、不法入国で日本に入ってきた事、
知れば知るほど、違いをちゃんと知っておかないといけないなーと
思います。悲しいことにこれが現実・・・。
福沢諭吉の「脱亜論」の一部が掲載されていました。(現代語訳版)
福沢諭吉は朝鮮の独立を支援していましたが、もう無理・・・と思われたようです
日本は、国土はアジアにありながら、国民精神においては西洋の近代文明を受け入れた。
ところが日本の不幸として立ち現れたのは近隣諸国である。そのひとつはシナであり、もうひとつは朝鮮である。この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているのだが、もともと人種的に異なっているのか、それとも教育に差があるのか、シナ・朝鮮二国と日本の精神的隔たりはあまりにも大きい。情報がこれほど早く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、それでも過去に拘り続けるシナ・朝鮮の精神は千年前と違わない。この近代文明のパワーゲームの時代に、教育といえば儒教を言い、しかもそれは表面だけの知識であって、現実綿では科学的真理を軽んじる態度ばかりか、道徳的な退廃をももたらしており、たとえば国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。
私の見るところ、このままではシナ・朝鮮が独立を維持することは不可能である。もしこの二国に改革の志士が現れて明治維新のような政治改革を達成しつつ上からの近代化を推し進めることが出来れば話は別だが、そうでなければ亡国と国土の分割・分断が待っていることに一点の疑いもない。なぜならインフルエンザのような近代文明の波に洗われながら、それを避けようと一室に閉じこもって空気の流れを絶っていれば、結局は窒息してしまう他はないからである。
「春秋左氏伝」の「補車唇歯」とは隣国同志が助け合う事を言うが、現在のシナ・朝鮮は日本にとって何の助けにもならないばかりか、この三国が地理的に近い故に欧米人から同一視されかねない危険性をも持っている。すなわちシナ・朝鮮が独裁体制であれば日本もそうかと疑われ、向こうが儒教の国であればこちらも陰陽五行の国かと疑われ、国際法や国際的マナーなど踏みにじって恥じぬ国であればそれを咎める日本も同じムジナかと邪推され、朝鮮で政治犯への弾圧が行われていれば日本もまたそのような国かと疑われ、等々、例を挙げていけばきりがない。これを例えれば、一つの村の村人全員が無法で残忍でトチ狂っておれば、たとえ一人がまともでもそれを咎めていたとしても、村の外からはどっちもどっちに見えると言うことだ。実際、アジア外交を評する場面ではこのような見方も散見され、日本にとって一大不幸だと言わざるを得ない。
もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。「東アジア共同体」の一員としてその繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。日本は、むしろ大陸や半島との関係を絶ち、先進国と共に進まなければならない。ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、ともに悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶好するものである。
タイトルがどちらともいまいちだなーと思うのですが・・・。
「超日本人の時代」は、リアリズムとリベラリズムと、
国の情報戦について。
日本人はお花畑・・・
先日も中国の潜水艦がきましたしね。
実は、こういうのって日常茶飯事らしいですよ。
中国は本気で沖縄を狙っているようです・・・。
そして、韓国、中国の反日の動き。
韓国の従軍慰安婦問題、中国の主張する南京大虐殺、
どちらとも日本が発信したというのがね・・・。
朝日新聞の罪は重いですよ。
しかも南京大虐殺記念館は、社会党の田辺誠という人物が
3000万を中国側に渡して作らせたらしい。
今日の虎ノ門ニュースで見ましたが
中国はフィンランドで、南京の過去を忘れないとの
プロパカンダをしかけています。
アメリカでの慰安婦像設置も、
アメリカ在住の中国系の人がかかわってますしね。
本の内容とは違いますが、
中国は文化大革命を教科書から消すらしいですね。
「バカの国」は、日本の教育について。
戦前の教育勅語、修身が紹介されています。
これのどこが軍国主義なんだろうな。
修身は小学校1年から6年までのが紹介されていて
とてもおもしろかったです。
正直であれ、とか努力を惜しむなとか。
いろんな偉人を紹介してあって
私もがんばろうと思いました(単純?)
知覧で購入してきた本を読みました。
写真が多く掲載されており、
知らない方の遺書もたくさん紹介されていたので購入してみたのでした。
15歳の時に、特攻隊の方々のお世話をされていた、
前田笙子さんの記録がとても印象深かったです。
穴澤さんも登場し、胸がぎゅーっとなりました。
「自分達は敵艦もろともなくなられる身ながら朗らかに談笑され、
それに私達の将来のことまで心配され、
いたずらに死んではいけないとさとされ、
私達は只々頭が下がるのみだった。」
巻末には陸軍特攻隊で亡くなられた方々1,036名のお名前、年齢、出身地等が
記載されています。
覚えられないですが、すべて目を通しました。
彼らの魂が安らぎの中にあるようにと
心から祈ります。
辛口な本でした。
軍人さんといえども、ダメな人は居たようです
いろんな指導者がいる中で
特に際立った存在だったのが
硫黄島を戦った栗林忠道さんだったそうです。
硫黄島って名前は知っていましたが
(映画のタイトルで)
どこにあるのか、どんな戦いがあったのか
全く知りませんでした。
通常、指揮をとる人は、前線には出ず
後方にいるのが普通で、食事も一般の兵士の方とは別だったそうです。
でもこの栗林忠道さんは、一般の兵士の方と共に行動し、食事も一緒。
アメリカ軍は、5日で硫黄島を落とせると考えていたそうですが
この島での戦いは36日間。
日本は硫黄島を明け渡すことになったのですが
この時の戦いで、アメリカ軍に二度と日本とは戦いたくないという
思いをもたらせたようです。
硫黄島では、日米合同の慰霊祭が行われています。
アメリカ軍の方は、硫黄島で戦った方たちに(日本人を含め)
とても大きな敬意を持っています。
日本はGHQに慰霊祭を禁止されていたとはいえ、
何で硫黄島の事を知らないんでしょう。
私も全然知りませんでした。
ようやく読み終わりました
厚い本なので、気になる箇所に付箋を貼っていきました。
生の機密文書によって書かかれた本。
・占領中、日本での公用語は英語だった。
日本政府の全文書、マスコミの全印刷物、NHKの全放送内容は英訳され、
GHQの判断を仰がなければならなかった。
日本政治家の発言、演説もすべて英訳された。
・真珠湾攻撃の前日、ワシントンの日本大使館の職員たちは、
職務怠慢(同僚の送別会パーティーに出席中)のため、重大な最後通牒の翻訳に
取りかからず、アメリカ政府に宣戦布告書を手渡すことが遅れた。
(責任は取らされていないようだ・・・。なんでだろうか?)
・1941年当時、水兵だったワシントン大学 教授アレックス・エデルスタイン博士の話。
12月5日(金)に、土曜日~日曜日に空母3隻のみ、演習命令が下った。
(アメリカ海軍史上、日曜日に演習をしたのは、この時が最初で最後)
ルーズベルト大統領は、日本が攻めてくるのを知っていて
大事な空母3隻を真珠湾から避難させていた。
・パージ(追放)
・マスコミ支配。(日本国内のみならず、海外のマスコミに対しても。)
※海外に対しては、検閲はないが、批判・排除
(マスコミがアメリカ陸軍省に抗議→マッカーサーとのやりとりが多く記載されてます。)
・部下に6日間で、憲法草案を作らせた。
・『用心棒を雇い、飯を食わせ、銭もやる。この状態を「平和」と呼び、
「平和憲法」「平和教育」と恰も平和踊りを輪になって舞っている日本国民は、
賢いのか、狡いのか。それとも「亡命踊り」をしながら奈落の底へ落ちていっている
のだろうか。』
・ヘレン・ミアーズ「アメリカの鏡・日本」
・『マッカーサーは「日本の伝統文化」を抹殺しただけでなく、その死体に
「悪」「罪」「恥」という烙印を押した。さらに、学校教育を使い、日本の若い世代に
「日本は大罪を犯した恥ずべき国」「愛国心は戦争を引き起こすばい菌」「日の丸は軍旗」
「君が代は軍隊行進曲」と教え込んだ。』
・『悪い日本が改心し、勝者アメリカが創設した国際連合へ加盟させて戴けるよう、「新日本」
はひたすら努力しなければならないとの教育が続く。』
・『CIEは文部省に「政治教育が主要な目標になる」と通達した。政治教育は「社会科」と
名付けられ、平和の美徳、平和主義の知恵、侵略の悪を小学1年生から植え付けた。』
・『1946年1月、マッカーサーは、ワシントンの陸軍省宛に電報を打った。
「日本の教育制度の再建は、占領行政の中で優先される。
推定1800万人の生徒、40万人の教師、4万の学校は、占領使命を全うするための
主要な道具なのである」』
・『1947年3月31日、新憲法に盛られた理想を学校教育で補強するために、
「教育基本法」が公布された。
「教育基本法」は、マッカーサー憲法と同じようにアメリカ製である。』
・『日本でマルクス主義史学を樹立した第一人者「羽仁五郎」氏率いる左翼の全日本教員組合が
日本教職員組合(日教組)へ発展していく。』
・1945年6月23日 ロバート・キング・ホール中尉が執筆。
『軍事占領下の日本では、カタカナだけに統一すべきだ。漢字で書かれたものは
禁止すべきである。』
その後、ローマ字に変更するよう変心。
『初等及び中等学校教育で、速やかにかつ完全にローマ字に変えることが極めて
望ましい。』
・書道は必須科目であったが、選択科目に格下げされた。
・柔道・・・GHQ・CEIにより軍国主義的として禁止されていたが、1950年9月13日に
学校で教えても良いとの許可を出す。
・『マッカーサーは、1949年11月末になっても、日本はいかなる軍事力も持つ必要は
ない、と断言していたが、突然、1950年元旦、憲法第九条の新解釈を提唱した。』
・『1950年1月1日、マッカーサーはアメリカ政府の承認を受け、
日本国憲法第九条は自衛の権利を奪うことはできず、またこれを否定しないと言明した。
日本は、アメリカの最前線で要塞になるべきだ。それによって日本が自国を護ることにも
なる、と言う。』
・1951年4月11日、マッカーサー解任。
『「マッカーサー元帥解任!」のニュースは、日本は天変地異の大事件となった。
動転したのは吉田首相を始め、全国民、それに日本のマスコミの全てである。』
『解任当日(日本時間、4月12日)の「朝日新聞」の社説「マックアーサー元帥を惜しむ」』
を一部抜粋。
『「日本国民が敗戦という未だかつてない事態に直面し、虚脱状態に陥っていた時、
われわれに民主主義、平和主義のよさを教え、日本国民をこのあかるい道へしんせつに
導いてくれたのはマ元帥であった。子供の成長を喜ぶように、昨日までの敵であった
日本国民が、一歩一歩民主主義への道を踏みししめていく姿を喜び、これを激励しつづけて
くれたのもマ元帥であった」』
・『著名な日本人たちが「マッカーサー神社」を建立としようと話し合った。
・『戦歿者たちを「犠牲者」として憐れむのは、戦後日本でアメリカの「平和洗脳教育」を
受けた者たち、またアメリカの片棒を担いで「日本の平和のために」と言っている偽善者たち
が持っている優越感以外のなにものでもない。
憐れむ前に、戦死していった人たちに、鎮魂の念と感謝の思いを持て。』
・『征服者マッカーサーは、勇猛な日本国民を弱くしなければ、アメリカの国家安全を
脅かされる、と恐怖の念に駆られていた。弱民化する最良の武器は「教育」である。』
・『マッカーサーは、「民主主義」「平和」という言葉を頻繁に使ったが、「平和」の裏に、
マッカーサーの恐怖心、日本民族に対する戦慄感があることを見逃してはならない。
彼は、日本人に平和を望んでいたのではなく、日本人の弱民化を実行していたのだ。
アメリカの国家安全のために、日本人の誇りを潰した。
アメリカに飼い馴らされた日本人は、「誇りの骸(むくろ)」を「平和」と呼ぶ。
アメリカの対日「国家百年の大計」は、既に完成しているのではないか。』
1945年8月30日、厚木に降り立ったマッカーサーは失禁していた。
こちらに詳しく載っています。
http://ironna.jp/article/2747?p=3
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